Cafe Ms' ができる前、そこには一面の田んぼでした。
現在は総社市に合併されましたが、そこは以前は清音という村でした。
長い間、村だったので、ここに住む人々は、今でも村民としての誇りを持っています。
清音は、清流、高梁川のほとりの、山の懐に抱かれた緑の村です。昔は松茸もよく採れたという福山、軽部山の山並みが、緑の田んぼを見下ろしています。
清音は岡山県内でも指折りの恵まれた豊かな村です。けれども、全国の田舎の例に漏れず、若い力が都会へ出ていき、過疎化して高齢化が進んでいました。
清音には、お年寄りが沢山暮らしているというのに、老人が気軽に歩いて行けるスーパーマーケットが一つもありません。もちろんレストランや、喫茶店があるはずもなく、うどん屋すら、一軒もありませんでした。
以前にあったスーパーは閉店となり、青空市だけが開かれ、県道にあって、村人に親しまれていた飲食店「馬小屋」も、大分前についに店をたたたんでしまいました。
清音には、店がなくなってしまいました。
そんな清音に、カフェ・エムズのオーナーが、関西からUターンして、喫茶店を作る計画を本格的に始動させたのは2006年の夏のことでした。
オーナーは清音で生まれ育ったのですが、関西のとあるファースト・フード業界に就職して後、長年、関西に暮らしました。そして会社で培った経験を活かしながら、いつかきっと自分の店を開きたいと夢見ていました。
けれど、オーナーが清音に喫茶店を開くことを決めた時、家族の誰一人として賛成した者はいませんでした。
「店が1軒もないような村に、店を建てるなんて、正気?」
「お年寄りばかりの村で、どうやって経営が成り立つの?
「自営業なんかやったこともないのに、無理なんじゃない?」
「サラリーマンを退職して、第二の人生で好きなことやろうって人はいっぱいいるけど、夢だけで上手く行くほど、人生、甘くないでしょ」
・・・まあ、大体、家族の反応はこのようなものでした(笑)。
さらに、家族以外の人となると、どんな反応だったか…、それはご想像にまかせましょう。
しかしオーナーは頑固一徹な性格だったので、反対されても、決して夢をあきらめようとはせず、着々と、清音に店を建てる構想を練り続けました。まずは岡山市内に居を構え、コーヒーの焙煎に関して勉強を積み、ケーキ作りに励みました。
その頃、オーナーはとにかく喫茶店を開業しようという思いだけはありましたが、開店までに必要な準備や手続きについて、詳しく知っていたわけではありません。
自分の家を建てた経験もありませんでした。
全てが不慣れな中でスタートし、店が出来上がるまでは、本当にハラハラドキドキの連続でした。
まず、田んぼを埋め立てなければなりませんでしたが、そのために、市の農業委員会の許可が必要でした。
田園地帯、清音の伯備線より東の地区は、農業保護地域として、宅地制限が設けられているためです。
オーナーは、早速、農業委員会にかけあってみました。が、委員会が年2回しか開かれないので、決定はどんなに早くとも半年後にしか降りないと言われました。
第二の人生を始めるとしたら、今しかないのに、半年も、手持ち無沙汰で、待ち続けなければならないのかぁ…。
それでも、委員会の決定を待ちに待って、ようやく2007年の正月明けに、許可をもらいました。
そしてすぐに埋め立ての工事が始まったのです。
写真(只今準備中)は、現在、カフェ・エムズの建っている土地の、田んぼとしての最後の姿です。
2007年の年明けには、藤木工務店の担当者さんが駆けつけてくださり、埋め立てが始まりました。
(開店までの道のりについては、この先、随時、過去に遡ってブログに書き足していきます。)
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